「スクワットをすると、お尻より先に前ももと腰にきます」
「ヒップアップの種目をやっても、お尻に効いている感じが一度もないんです」
「入会しては三か月で辞める、というのを何度か繰り返しました」
40代でジムの入退会を繰り返してこられた方から、この三つはほぼセットで出てきます。しかも多くの方が、自分は根性がないからだと思っている。私はそうは見ていません。効いている感覚がないものを続けられる人のほうが少ないんですよ。
結論:お尻に効かないのは、お尻の筋肉が弱いからとは限りません。脳から筋肉への指令の道筋が、長く使われないまま細くなっている状態です。だから当ラボでは、重さを足す前に、その道筋を引き直すところから始めます。筋力の問題ではなく、運転の問題として扱うわけです。
「お尻が使えない」とは、身体の中で何が起きているのか?
筋肉は、脳からの指令が神経を通って届いて初めて縮みます。この指令の通り道は、使えば太くなり、使わなければ細くなる。座っている時間が長い生活では、お尻の筋肉に指令を出す機会がほとんどありません。何年もそれが続くと、身体はその通り道の優先順位を下げます。
すると、股関節を伸ばすという同じ仕事を、もっと使い慣れた筋肉が肩代わりするようになります。多くの場合は腰の筋肉と、太ももの前や裏です。だからスクワットをすると腰と前ももが先に疲れる。サボっているのではなく、代役が優秀すぎるんですね。
筋力が足りないのか、指令が届いていないのか、どう見分けるのか?
ここは自己判断がいちばん難しいところです。目安になるのは、うつ伏せで脚を後ろに上げたときに、お尻より先に腰が反るかどうか。腰が先に動くなら、筋力の前に順番の問題があります。
当ラボの評価では、この動作の順番を見ています。どの筋肉が最初に働き始めるか、左右で違いがあるか、片脚になったときに骨盤が落ちないか。順番が崩れている方に重いスクワットを渡すと、代役の筋肉がさらに鍛えられて、差が広がっていきます。これが「やればやるほど腰が張る」の正体であることが多いんです。
なぜ人間は、大きなお尻の筋肉を持っているのか?
人類の大殿筋は、他の霊長類と比べてはっきり大きいんです。理由のひとつは、走ることだと考えられています。走行では片脚で身体を支えながら前へ倒れる力を止める必要があり、この制御に大きなお尻が要る。歩くだけならここまでの大きさは要りません。
つまり人間のお尻は、もともと大きな力を出す前提で作られた装置です。それが使われないまま何十年も置かれている。24年の指導で多いのは、装置そのものは十分にあるのに、スイッチの場所を忘れてしまっている方なんですよ。ここが分かると、話は「増やす」から「思い出す」に変わります。
銀座トレーニングラボでは、まず何から始めるのか?
最初にやるのは、重さのない状態でお尻が縮む感覚を取り戻すことです。仰向けや横向きなど、腰が代役に入りにくい姿勢を選び、動く範囲を小さく限定して、収縮を一つずつ確認していきます。地味ですし、汗もあまりかきません。
ただしここには理由があります。感覚がない状態で回数を積むのは、暗い部屋で的に矢を射るようなものなんです。当たっているかどうか分からない練習を何百回やっても、狙って当てられるようにはなりません。まず明かりをつける。それが評価と再教育の役割です。
感覚が戻ったら、どう負荷を足していくのか?
お尻の収縮が自分で分かるようになったら、姿勢を起こしていきます。四つ這い、膝立ち、両脚立ち、片脚立ちという順で、支える面積を減らしながら同じ収縮を再現できるかを確認します。ここまで来て初めて、スクワットやヒップヒンジに重さを足す意味が出てきます。
順番を守ると、同じ種目でも効く場所が変わります。以前と同じスクワットなのにお尻にくる、という感想はよく出ます。種目を増やしたわけではなくて、指令の宛先が変わっただけなんですね。効果や進み方には個人差があります。痛みが出る場合は無理をせず、医師の指示を優先してください。
ある会員のケース
40代の男性で、過去に三回ジムを辞めた経験のある方が来られました。目的は下半身の見た目でしたが、話を聞くと、毎回スクワットで腰が張って通えなくなっていました。評価では、うつ伏せで脚を上げると腰が先に反り、片脚立ちで骨盤が落ちていました。
そこでスクワットは一度外して、横向きと仰向けの小さな種目だけにしました。数週間後、ご本人が「初めてお尻が筋肉痛になった」と報告してくれました。そこからスクワットに戻したのですが、今度は腰の張りが出にくくなっていました。順番を入れ替えただけで、種目そのものは以前と同じものです。
家でできること
椅子に浅く座って、片方のお尻に体重を乗せ、そちら側のお尻をぎゅっと縮めてみてください。腰が反らないように、みぞおちの高さを変えないのがコツです。左右で感覚の差があるなら、その差が今のあなたの出発点です。
もうひとつ、階段を上がるときに、後ろ足で押すのではなく前足のかかとで床を押す意識に変えてみてください。日常動作は回数が圧倒的に多いので、ここが変わると練習量が一気に増えます。
よくある質問
Q. お尻に効かないのは、重さが足りないからではありませんか?
重さで解決する場合もありますが、腰や前ももが先に疲れているなら順番の問題が先です。その状態で重さだけ足すと、代役の筋肉に負担が集まりやすくなります。まず動作の順番を確認することをおすすめします。
Q. 何度も挫折していますが、また同じことになりませんか?
続かない原因が意志だと決めつけないほうがいいです。効いている感覚がないメニューは誰でも続きません。効く感覚が先に出る順番で組めば、続ける理由のほうが増えていきます。
Q. 自分ひとりでも再教育はできますか?
簡単な確認と種目は自分でもできます。ただし左右差や、腰が先に動いているかどうかは、自分の目では見えにくい部分です。写真や動画で確認するか、一度評価を受けてから自主練習に移すほうが遠回りになりません。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴24年)
進化学・神経科学に基づいたトレーニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


