「毎日8000歩は歩いています。運動不足のつもりはないのに、お尻だけ下がってきた気がします」
「通勤も買い物も基本は徒歩です。それでもお尻の形が昔と違ってきました」
「鏡で横から見たとき、お尻の位置が下がっているのに気づいて、正直ショックでした」
40代の会員の方から、こうした声を本当によくいただきます。
結論:歩くという動作は、平地を普段のペースで行う限り、お尻の主要な筋肉(大殿筋)をそれほど強くは働かせません。歩く習慣そのものは体にとって価値のあるものですが、「お尻の張りを保つ」という目的に対しては、負荷や可動域が足りていない可能性があります。たるみを感じる背景には、歩行という動作の性質・座っている時間の長さ・股関節の動く範囲という、複数の要因が重なっていると考えられています。以下、その理由と当ラボでの向き合い方をご説明します。
なぜ「よく歩く人」ほど、お尻の変化に戸惑うのか
歩くことと、お尻を使うことは、実は同じではありません。平地を普段の速度で歩くとき、体を前に進める仕事の多くは、ふくらはぎやすねの筋肉、股関節の前側の筋肉が担っています。お尻の大きな筋肉である大殿筋がしっかり働くのは、坂道や階段を上るとき、走るとき、しゃがんだ姿勢から立ち上がるときなど、股関節を大きく後ろに伸ばす動きが必要な場面です。平地の歩行だけを続けていると、「歩いている」という実感と、「お尻が鍛えられている」という実際の負荷との間に、ずれが生まれやすいと考えられています。
座っている時間の長さが、お尻の働き方を変えてしまう
40代の会員の方に共通しやすいのが、デスクワークや車移動などで座っている時間が長いという状況です。座った姿勢が長く続くと、股関節を後ろに伸ばす動作そのものが日常から減っていきます。すると体は、立つ・歩く・階段を上るといった動作の中で、本来は大殿筋が担うはずの仕事を、太ももの外側にある筋肉や、太ももの裏側の筋肉に代わりに任せるようになっていく傾向があります。これは体が悪いのではなく、使われる頻度に応じて働き方を調整する、自然な反応だと私は捉えています。ただ、この状態が続くと、大殿筋そのものは働く機会をさらに失っていきます。
股関節が硬くなると、お尻が働く「場面」自体がなくなる
座位の時間が長くなると、股関節を後ろに伸ばす可動域が少しずつ狭くなっていきます。ここが重要な点なのですが、可動域が狭くなるということは、単に体が硬くなるという以上の意味を持ちます。大殿筋がもっとも強く働くのは、股関節が伸びきる直前の範囲だからです。その範囲そのものが日常の動きから失われてしまうと、大殿筋を働かせようとしても、働かせる「場面」自体が体の中に存在しなくなってしまいます。歩行の歩幅が浅くなっている方ほど、この傾向が強く出やすいと感じています。
使われない動きのパターンは、脳から選ばれにくくなっていく
神経科学の分野では、体を動かすときの指令の出し方には一種の効率化が働くと考えられています。日常的に繰り返される動作パターンは、脳から指令が出やすくなる一方で、使われる頻度が低い動作パターンは、優先順位が下がっていく傾向があるとされています。大殿筋をあまり使わない歩き方や立ち方を何年も続けていると、いざ大殿筋を意識的に使おうとしても、体がその動員のしかたをすぐには思い出せない、という状態になりやすいのです。これは筋肉が消えてしまったということではなく、「使うための指令の出し方」が鈍っている状態に近いと私は説明しています。
なぜ人間のお尻の筋肉は、平地を歩くだけでは説明できないほど発達しているのか
進化的な視点から見ると、ヒトの大殿筋は霊長類の中でも際立って大きいという特徴があります。この発達は、平地をゆっくり歩くためというより、坂を登る・全力で走る・重心を大きく前に運びながら立ち上がるといった、より強い出力を必要とする動作に対応するために備わったものだと考えられています。つまり、この筋肉はもともと「日常の平地歩行だけでは要求水準に届かない」設計になっている可能性があるということです。現代の生活では坂道や全力疾走の機会そのものが減っているため、この筋肉が本来の出番を失いやすい環境にあるとも言えます。
当ラボでは、お尻が「使えているか」をどう見ているか
当ラボでは、体重や見た目の変化だけでなく、股関節を後ろに伸ばす動きの中でお尻が先に働き始めているか、それとも太ももの裏や外側が先に働いてしまっているかを、動作の観察を通じて確認しています。立ち上がる動作や、片足で体重を支える動作は、この違いが表れやすい場面です。数値だけでは見えにくい部分ですが、動きの順番を見ることで、大殿筋が「使われる習慣を取り戻せているか」がある程度読み取れると考えています。
歩く習慣を活かしながら、お尻に役割を思い出させるには
歩く習慣そのものをやめる必要はまったくありません。むしろ土台として活かしながら、股関節を後ろに大きく伸ばす動きを、意識的に生活や運動の中に加えていくことが有効だと考えられています。具体的には、股関節を伸ばした状態を保つ運動や、片足に体重を乗せてお尻の位置を安定させる運動などが候補になります。当ラボでは、その方の股関節の可動域や座位時間の長さに応じて、無理のない範囲から動きの種類と量を調整しています。効果の出方には個人差があり、誰にでも同じ結果を約束するものではありません。
ある会員に見られた変化のプロセス
これは一例であり、個人差があることを前提にお読みください。ある40代の会員の方は、通勤も買い物もほぼ徒歩という生活を続けていましたが、デスクワークで座る時間も長い方でした。最初のうちは、立ち上がる動作の中で太ももの裏側や外側が先に働き、お尻はあとから遅れて働くような動き方をされていました。股関節を伸ばす範囲を少しずつ広げる運動を継続する中で、立ち上がる際の動きの順番に変化が見られるようになったと、ご本人からも感想をいただいています。歩く量そのものは変えていませんが、動きの質が変わったことが、体感の変化につながった一例だと捉えています。
日常の中でできる、小さな工夫
24年の指導で多いのは、お尻の変化を気にされている方ほど、歩数や運動時間といった「量」の記録は熱心につけている一方で、股関節をどれだけ後ろに伸ばしているかという「範囲」には一度も目を向けたことがない、というケースです。量を増やす前に、動きの範囲を取り戻すほうが先だと私は考えています。
大きな運動時間を新たに確保しなくても、日常の中で工夫できる場面はあります。たとえば階段を上るとき、太ももで体を引き上げるのではなく、股関節を後ろに伸ばす意識を持って一段上がってみる。長く座ったあとに立ち上がるときは、勢いに任せず、股関節を後ろに伸ばしながらゆっくり立つ。こうした小さな積み重ねが、大殿筋が働く場面を日常の中に少しずつ取り戻すきっかけになると考えられています。無理のない範囲で、できることから試していただければと思います。
よくある質問
Q. 歩く量を増やせば、お尻のたるみは改善しますか。
歩く量を増やすだけでは、大殿筋への負荷が大きく変わるとは限らないと考えられています。歩幅や速度、坂道の有無など、動きの質のほうが関わりが大きい可能性があります。歩数よりも、股関節をしっかり伸ばす動きを意識することをおすすめしています。
Q. お尻専用の筋トレをすれば、すぐに形は戻りますか。
筋肉の使われ方が変わるまでには一定の期間がかかると考えられており、即効性を約束するものではありません。また効果の出方には個人差があります。継続的に、股関節の可動域と動員のパターンの両方に働きかけていくことが大切だと考えています。
Q. 座り仕事が多いのですが、仕事中にできることはありますか。
長時間同じ姿勢を続けないことが基本です。1時間に一度、立ち上がって股関節を後ろに軽く伸ばすだけでも、日常の中で殿筋が働く機会を増やす助けになると考えられています。無理のない範囲で試してみてください。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴24年)
進化学・神経科学に基づいたトレーニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


