脚じゃなかった。銀座トレーニングラボが「耳」と「顎」を診る理由
キーワード:前庭系 / 神経系アプローチ / 銀座トレーニングラボ 専門性紹介
公開日:2026年7月6日
もも前が張って、脚が太い。相談に来る方の多くが、まず脚のトレーニングを増やそうとします。
でも、それでは変わりません。
なぜか。脚が太くなる原因は、実は脚にないからです。
「もっと鍛える」が逆効果になる理由
もも前の張りに悩む方に、当ラボではまず耳と顎の状態を診ます。
脚のカウンセリングに来て、なぜ耳と顎なのか。ほとんどの方が驚きます。「脚の相談をしに来たのに」と、戸惑った表情をされることも珍しくありません。
ところが、ここに理由があります。
人間の脳には、扁桃体という部位があります。危険を感知する場所です。慢性的なストレスや、SNSでの他人との比較にさらされ続けると、扁桃体は「脅威がある」と判断します。
脅威を感知した脳は、体に「逃げる準備」をさせます。逃げる準備とは何か。重心を前に置くことです。
重心が前に傾くと、それを支えるのが大腿四頭筋、つまりもも前です。この筋肉が、24時間ブレーキ役として使われ続けます。使われ続けた筋肉は張り、太くなります。
つまり、もも前の張りは、筋肉の問題である前に、脳の防衛反応の結果なのです。
重心を戻すリモコンは、脚にない
では、重心を後ろに戻すには、脚を鍛えればいいのでしょうか。
答えは違います。重心をコントロールしているのは、前庭系という耳の奥にある器官です。
前庭系は、頭の位置と体の傾きを常に脳に伝えています。ここの働きが乱れると、脳は無意識に体を前傾させ、視界と情報を過剰に集めようとします。これも、警戒状態のひとつの表れです。
もうひとつ関係しているのが、顎です。咀嚼という行為は、脳の中で情動や緊張と深く結びついています。奥歯を強く噛みしめている人ほど、交感神経が優位になり、体は緊張したままになりやすいのです。
耳と顎。この二つが、重心という「体の防衛モード」を操作するリモコンになっています。
SNSと扁桃体の関係
なぜ今、この話が重要なのか。それは、慢性的なストレスの原因が、以前よりも身近になっているからです。
SNSで他人の体型や生活と自分を比較する機会は、10年前とは比べ物にならないほど増えました。脳にとって「他者との比較」は、太古から生存に関わる重要な情報でした。仲間の中での序列が低いと判断されることは、かつては生存を脅かすシグナルだったからです。
現代のSNSは、この古い脳の仕組みを、四六時中刺激し続けています。四六時中比較にさらされている脳は、常に軽度の警戒状態に置かれます。これが、重心が前に傾いたまま戻らない、という状態を作り出す一因になっていると考えています。
カウンセリングの中で、生活習慣についてお聞きすると、就寝前までスマートフォンで他人の投稿を見ている、という方が非常に多い印象があります。脳が一日の中で警戒モードから抜け出す時間が、そもそも確保されていないのです。
トレーナーの経験からも言えること
24年間、多くの女性会員のもも前の張りを見てきましたが、共通する傾向があります。真面目で、責任感が強く、周囲への気配りを欠かさない方ほど、もも前の張りが強い、という印象です。
これは偶然ではないと考えています。常に周囲に気を配り、失敗しないよう気を張っている状態は、脳にとっては軽度の警戒状態が続いていることと同じだからです。優しさや真面目さが、意図せず体の緊張として表れているとしたら、少し切ない話だと思っています。
頑張るほど脚が太くなるという逆説
ここで、多くの人が誤解していることがあります。
「もっと頑張って脚を鍛えれば、脚は変わる」と思っていることです。
しかし、自己批判や過度な追い込みは、脳にとってはストレス信号です。ストレスは扁桃体をさらに刺激し、脅威反応を強めます。結果として、もも前のブレーキはより強化されてしまいます。
頑張れば頑張るほど、脚が太くなる。これが、多くの女性が経験している逆説の正体です。
「私の努力が足りないから」ではありません。努力の方向が、そもそも間違っているだけです。
「姿勢を正す」と「重心を戻す」は違う
ここで、よく混同される話をひとつ整理しておきます。
「姿勢が悪いから、もも前が張る」という説明を聞いたことがある方も多いと思います。これは間違いではありませんが、順番が逆です。
姿勢は、結果です。脳が「今、警戒すべき状況にある」と判断した結果として、重心が前に出て、それが猫背や反り腰といった見た目の姿勢に表れます。見た目の姿勢だけを鏡の前で直そうとしても、脳の判断が変わらなければ、力を抜いた瞬間に元の状態へ戻ってしまいます。
だからこそ、当ラボでは「姿勢を直す」という指導の前に、「なぜその姿勢を脳が選んでいるのか」を評価することを優先しています。
現場での実践方法
当ラボでは、トレーニング前に前庭系への簡単なアプローチを行います。
例えば、頭をゆっくり左右に動かしながら視線を固定する運動や、片足立ちで目を閉じるバランス評価です。これによって、その方の重心がどれだけ前に偏っているかを確認します。
顎については、噛みしめの癖をセルフチェックしてもらい、日常での噛みしめに気づく練習を取り入れます。
そのうえで、下半身のトレーニングを組み立てます。この順番を守るだけで、同じスクワットでも、もも前への負担のかかり方が変わってきます。
ある会員が驚いた変化
以前、もも前の張りに長年悩んでいた30代の女性会員がいました。数年間、脚のストレッチとマッサージを毎日欠かさず続けていたそうですが、変化は感じられなかったといいます。
初回のカウンセリングで前庭系のバランス評価を行ったところ、片足立ちで目を閉じた際に、体が大きく前方へ傾く傾向が見つかりました。日常的に強い噛みしめの癖があることも分かりました。
トレーニングの前に、毎回数分の前庭系エクササイズと、噛みしめに気づくためのセルフチェックを取り入れたところ、3週間ほどで「立っているときに、もも前に力を入れなくても安定するようになった」という感覚の変化を本人が語ってくれました。
脚そのものには、何も特別なことをしていません。変わったのは、脳が体をどう構えているか、という部分でした。
結果は焦らずに
耳と顎からのアプローチは、即効性のあるものではありません。
脳が「安心していい」と学習するまでには、時間がかかります。数回のセッションで劇的に変わるものではなく、数週間かけて少しずつ重心が変化していきます。焦って結果を求めるほど、それ自体が新たなストレス信号になりかねないという点にも、注意が必要です。
脚を鍛えることをやめる必要はありません。ただ、脚だけを見ていても答えは出ません。
体の使い方は、脳が決めています。脚の悩みを、脚だけで解決しようとしていないか。一度、そこから見直してみてください。
普段、無意識に奥歯を噛みしめていないか。立っているとき、つま先側に体重が寄っていないか。まずはそこに気づくことから、脳への働きかけは始められます。特別な道具も、激しい運動も必要ありません。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴24年)
進化学・神経科学に基づいたトレーニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


