不妊治療を始めたタイミングで、運動をやめるべきか相談に来る方がいます。
「体に負担をかけたら、妊娠しにくくなるのではないか」
そう考えて、それまで続けていたジム通いをやめてしまう方も少なくありません。
でも、この判断が、必ずしも正しいとは限りません。
運動と妊娠しやすさの関係は、直線ではない
実は、運動と妊娠のしやすさの関係は、単純な「多いほど良い」「少ないほど安全」という直線的なものではありません。
適度な運動は、インスリン感受性を改善します。インスリン感受性が低い状態、つまりインスリン抵抗性が高い状態は、排卵の質に関わるホルモンバランスを乱す要因のひとつとされています。運動によってこの状態が改善されると、ホルモン環境も整いやすくなります。
一方で、過度な運動、特に体脂肪率を大きく下げるような高強度・高頻度のトレーニングは、視床下部という脳の部位からのホルモン分泌を抑制し、排卵そのものを止めてしまうことがあります。これは、アスリートに見られる無月経の研究でよく知られている現象です。
つまり、運動と妊娠しやすさの関係は、少なすぎても多すぎても不利に働く、山型の関係にあります。
「不安で動けない」ことも、同じくらい問題になる
ここで見落とされがちなのが、運動を完全にやめてしまうことの影響です。
不妊治療中は、通院や検査、結果を待つ時間など、慢性的なストレスにさらされやすい状況です。ストレスホルモンであるコルチゾールは、視床下部・下垂体・卵巣という、排卵を調整するホルモンの連携経路に直接影響を与えることが分かっています。
運動には、このストレス反応を緩和する働きがあります。適度な運動を完全にやめてしまうと、ストレスを発散する手段を失い、かえってコルチゾールが高い状態が続いてしまうことがあります。
「安静にしていた方が安心」という気持ちはよく分かります。でも、動かないことが、必ずしも体にとって安全とは限りません。
大切なのは、強度と個体差の評価
ここで強調しておきたいのは、「運動するべきか、やめるべきか」という二択ではなく、「どの強度が、その人にとって適切か」という視点です。
体脂肪率がもともと低めの方が、さらに追い込むような高強度トレーニングを続けることと、運動不足でストレスを抱えたまま何もしないこと。どちらも、その人にとっては同じようにリスクがあります。
当ラボでは、妊活中の方に対して、まず現在の生活習慣とトレーニング歴を丁寧に聞き取ります。もともと運動習慣がなかった方には、軽い運動から始めることを勧めますし、逆に高強度なトレーニングを続けてきた方には、強度を落とすことを提案することもあります。
同じ「妊活中の運動」という括りでも、必要なアプローチは一人ひとり違います。
具体的にどう進めるか
当ラボで妊活中の方に取り入れているのは、中強度の有酸素運動と、軽めの筋力トレーニングの組み合わせです。
心拍数が上がりすぎない範囲でのウォーキングをご自身で、ジムでの筋力トレーニングは、筋肉量を維持し、基礎代謝とインスリン感受性を保つために行います。ただし、追い込むような重量設定はせず、フォームと呼吸を整えることを優先します。
運動を「結果を出すための手段」にしない
もうひとつ大切なのが、運動を「早く妊娠するための手段」として捉えすぎないことです。
「これだけやったのだから結果が出るはず」という期待は、結果が出なかったときに、大きな失望とストレスを生みます。この失望自体が、新たなストレス信号になってしまいます。
運動は、あくまで体調を整え、ストレスを緩和するための手段のひとつです。結果に直結させて考えるほど、運動そのものが新たなプレッシャーになってしまうことがあります。
体重や見た目より、周期の安定を目安にする
妊活中に運動の効果を実感しにくいのは、目に見える変化がすぐには現れないためです。
体重や見た目の変化を目安にすると、思うような結果が出ないことに焦りを感じやすくなります。当ラボでは、妊活中の方には、体重よりも月経周期の規則性や、日々の体調の安定感を目安にすることを勧めています。
周期が安定してきた、以前より寝つきが良くなった、疲れが残りにくくなった。こうした小さな変化のほうが、ホルモン環境が整ってきているサインとして分かりやすいことがあります。
パートナーと一緒に取り組むという視点
妊活は、女性一人だけの課題として抱え込まれがちですが、運動やストレス管理はパートナーと一緒に取り組める領域でもあります。
一人で黙々と運動を続けるよりも、パートナーと一緒に体を動かす時間を持つことは、社会的なつながりの中でストレスホルモンを下げる効果も期待できます。妊活そのものへのプレッシャーを、二人で分散させる意味でも、運動を共有する時間は意味を持ちます。
迷ったら、まず体の状態を確認する
「運動をやめるべきか」という質問に、一律の正解はありません。
もともとの体力レベル、体脂肪率、ストレスの状態、治療の段階。これらによって、適切な運動量は変わってきます。
自己判断で完全にやめる、あるいは焦って強度を上げる前に、今の自分の体の状態を評価してもらうことをお勧めします。不安を抱えたまま我慢するより、専門家と一緒に、今の自分に合った運動量を見つけていくほうが、結果的に心身への負担は小さくなります。
治療のステージによっても変わる
妊活と一口に言っても、タイミング法の段階なのか、体外受精などの高度な治療段階に入っているのかによって、体への配慮の仕方は変わってきます。
特に、採卵前後や移植前後のタイミングでは、医師から運動の制限について具体的な指示が出ることがあります。その場合は、当然ながら医療機関の指示を優先してください。運動はあくまで治療と並行する補助的な位置づけであり、治療方針に反する判断をすべきではありません。
当ラボでは、治療の状況を伺いながら、医師の指示と矛盾しない範囲でプログラムを調整しています。分からないことがあれば、遠慮せずに治療中である旨を伝えていただくことが、安全に運動を続けるための前提になります。
体のことも、心のことも、一人で抱え込む必要はありません。運動という選択肢を、無理なく生活に取り入れる方法は、必ず見つかります。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴20年以上)
進化学・神経科学に基づいたトレーニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


