「最近、何もないところでつまずくようになりました」
60代の女性会員から、よく聞く言葉です。階段で手すりが手放せなくなった。段差でないところで足がもつれた。多くの方が「年のせい」と受け止めています。
でも、それだけでは説明がつきません。
「年のせい」の中身を分解する
実は、閉経後に転びやすくなる背景には、はっきりした理由があります。
エストロゲンという女性ホルモンは、骨や筋肉だけでなく、神経と筋肉の連携にも関わっています。閉経によってエストロゲンが大きく減少すると、筋肉量が減るだけでなく、関節や腱にある感覚受容器の働きが鈍くなることが分かっています。
この感覚受容器は、体がどこにあるか、どう傾いているかを脳に伝える役割を持っています。専門的には固有受容感覚と呼ばれます。これが鈍くなると、脳が体の位置を正確に把握できなくなり、バランスを崩したときの立て直しが遅れます。
つまり、転びやすさは「筋力の低下」だけの問題ではありません。「体の位置を感じ取る力」そのものが落ちているのです。
ロコモティブシンドロームという考え方
2007年、日本整形外科学会がロコモティブシンドロームという概念を提唱しました。運動器の障害によって、立つ、歩くといった移動機能が低下した状態を指します。
ロコモは、ある日突然始まるものではありません。筋力の低下、バランス能力の低下、関節の可動域の低下が、閉経後から少しずつ進行し、気づいたときには「立ち上がるときに手をつく」「横断歩道を青信号のうちに渡りきれない」という形で表面化します。
厄介なのは、この進行がゆっくりであるために、本人が気づきにくいということです。「最近、疲れやすくなった」くらいにしか感じていない方が、実際に評価をすると、片足立ちが数秒しか保てないということも珍しくありません。
筋トレだけでは足りない理由
「筋肉をつければ転ばなくなる」と思われがちですが、それだけでは不十分です。
筋力があっても、体が傾いたときにその筋力を瞬時に発揮できなければ、転倒は防げません。必要なのは、筋力に加えて、バランスが崩れた瞬間に反応する神経筋の協調性です。
これは、筋力トレーニングとは別に鍛える必要がある能力です。片足立ちや、不安定な状態での荷重コントロールなど、バランス能力そのものへのアプローチが欠かせません。
当ラボで最初に行う評価
閉経後の女性会員に対して、当ラボでは最初に片足立ちのバランス評価を行います。
目を開けた状態でどれくらい安定していられるか、目を閉じるとどう変わるか。この違いを見ることで、視覚に頼ってバランスを取っている度合いが分かります。視覚に頼りすぎている方は、暗い場所や夜間に転倒するリスクが相対的に高くなります。
同時に、股関節と足首の可動域も確認します。足首の柔軟性が落ちていると、地面のわずかな凹凸に対応できず、つまずきやすくなります。
評価をせずに一律の筋力トレーニングだけを提供すると、その方に本当に必要な要素を見落とすことになります。
実際に取り入れているトレーニング
評価の結果に応じて、下肢の筋力トレーニングとバランストレーニングを組み合わせます。
スクワットやヒップリフトのような基本的な筋力トレーニングに加えて、片足での荷重保持や、不安定な面での立位保持を取り入れます。最初は手すりや壁を使いながら、徐々に支えを減らしていく進め方です。
急に難易度を上げることはしません。バランス能力の向上は、少しずつの積み重ねでしか進まないからです。
骨密度についても触れておきます
閉経後は骨密度の低下も進みます。骨に体重を支える負荷をかける運動は、骨密度の維持に役立つことが確認されています。
ウォーキングだけでは、骨への刺激としては物足りないことがあります。適切な負荷をかけたスクワットやレジスタンス運動を組み合わせることで、筋力とバランス、そして骨の強さを同時に育てていくことができます。
筋肉量の減少は、閉経前から始まっている
もうひとつお伝えしたいのが、筋肉量の減少は、閉経を迎えてから急に始まるわけではないということです。
筋肉量は一般的に30代から緩やかに減り始め、閉経前後でその減少速度が加速すると考えられています。つまり、閉経後に慌てて対策を始めるよりも、その手前の年代から準備しておくほうが、その後の落差は小さくなります。
とはいえ、閉経後から始めても遅すぎるということはありません。適切な負荷をかければ、60代からでも筋力は向上することが複数の研究で示されています。「もう年だから」とあきらめる必要はどこにもありません。
実際にあった変化
以前、63歳の女性会員が、友人に誘われて体験カウンセリングに来られました。ご本人は「運動はもう手遅れだと思っていた」と話していました。
評価をしたところ、片足立ちが数秒しか保てず、股関節の可動域にも左右で大きな差がありました。本人に自覚はなく、「そんなものだと思っていた」とのことでした。
週2回のトレーニングを半年続けたところ、片足立ちの時間は大きく伸び、何より「歩くのが楽になった」という感覚の変化を強く実感されていました。転倒予防という遠い目的よりも、日々の歩行が楽になったという実感のほうが、継続の力になっているようでした。
将来のためではなく、今の生活のために
ロコモや転倒予防というと、遠い将来の話のように感じるかもしれません。でも、実際に関わってきた会員の変化を見ていると、効果は今の生活にすぐ現れます。
「階段で手すりを使わなくてよくなった」「駅の階段が怖くなくなった」。こうした変化は、数ヶ月のトレーニングで実感できることが多いです。
つまずきやすくなったと感じたら、それは年齢のせいだと片付ける前に、体の中で何が起きているかを確認してみてください。原因が分かれば、対策は立てられます。
日常生活の中でできること
トレーニングの時間以外にも、日常生活の中で意識できることがあります。
例えば、歯磨きをしながら片足立ちをする、信号待ちのときにかかとの上げ下げをする。特別な時間を作らなくても、生活の隙間でバランス感覚への刺激を積み重ねることができます。
大切なのは、一度に長く行うことではなく、短くても頻度高く体に刺激を与え続けることです。バランス能力は、使わなければ衰え、使えば維持される能力です。日常の中に少しずつ組み込んでいく発想が、無理なく続けるコツになります。
家族と暮らしている方は、ぜひ一緒に取り組んでみてください。一人で黙々と続けるより、誰かと確認し合いながら進めるほうが、続けやすいという方も多いです。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴20年以上)
進化学・神経科学に基づいたトレーニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


