「ちゃんとやってるのに、脚だけ太くなってません?」
「スクワットの翌日、お尻じゃなくて前ももばっかり張るんですけど」
「お尻が使えてないって言われたんですけど、意味がよく分からなくて」
こういう言葉は、だいたい同じタイプの方から出ます。平日は朝から夕方までデスクに座っていて、週に何回かはジムに行っていて、真面目に続けている。それなのに変わった感じがしない。ここでは「お尻が使えていない」という言い回しの中身を、神経の話として書きます。
結論:お尻が使えていないというのは、筋肉が弱っているという意味だけではありません。一日の大半を股関節が曲がった姿勢で過ごすと、股関節の前側が縮んだ長さで固まり、その裏側にあるお尻の筋肉が力を出しにくい状態になります。だから同じ種目をやっても刺激が前ももに逃げて、「やっているのに脚だけ太くなった気がする」という体感になります。
「お尻が使えていない」とは、どういう状態を指しているのですか?
トレーナーがこの言葉を使うとき、指しているのは筋肉の大きさや強さそのものではなく、動きの中でお尻に信号が入っているかどうかです。股関節を伸ばす動き、つまり脚を体の後ろへ送る動きは、本来なら殿筋が主役になります。ところがその動きをしたときに、殿筋より先に別の筋肉が働いてしまうことがある。力が出せないのではなく、出番が回ってこない。この状態を短く言ったのが「使えていない」です。
一日中座っていると、股関節の前側で何が起きていますか?
椅子に座っている姿勢は、股関節がずっと曲がっている姿勢です。膝も曲がっています。この形で八時間、十時間と過ごすと、股関節の前側にある腸腰筋や、前ももから骨盤にかけて走る大腿直筋が、縮んだ長さのまま置かれる時間が長くなります。
筋肉は、長時間置かれた長さを「これが普通の長さだ」として扱う性質があります。夜に立ち上がったとき、腰の前が突っ張る感じや、まっすぐ立っているつもりで少し前傾している感じがあるなら、その名残です。念のため書いておくと、痛みが続いている場合は自己判断でストレッチを増やす前に医師の指示を優先してください。
なぜ前側が縮むと、お尻の力が出にくくなるのですか?
理由は二つあります。ひとつは長さの問題です。前側が縮んだぶん、裏側にある殿筋は引き伸ばされた位置に置かれます。筋肉には力を出しやすい長さの範囲があって、そこから外れると同じ命令を出しても出てくる力が小さくなります。
もうひとつが神経の話です。関節をはさんで反対の働きをする筋肉どうしは、片方が働くときにもう片方の力が抑えられる仕組みを持っています。相反抑制と呼ばれる働きです。本来は動きを滑らかにするための仕組みですが、股関節の前側が常に緊張気味だと、その裏側にある殿筋へ行く信号が下がったままになりやすい。つまり、サボっているのではなく、抑えられている。ここを「弱いから鍛える」と読み違えると、遠回りになります。
お尻の代わりに、どこが働いているのですか?
殿筋の出番が遅れると、体は動き自体は完成させにいきます。股関節を伸ばす仕事を、前ももとハムストリングス、それに腰まわりが分担して埋めます。しゃがんで立ち上がる動作なら、股関節よりも膝で起き上がる形になりやすく、負担は前ももに寄ります。
その結果として起きるのが、冒頭の体感です。スクワットもランジもやっているのに、翌日張るのは前ももばかり。お尻は相変わらず平らに見える。ここで「効いていないから回数を増やそう」と考えると、前ももを使う練習を追加することになります。
20年以上の指導で多いのは、この状態のまま自主トレを積み上げてきた方です。フォームの動画を見て、脚の幅も背中の角度も真似できている。それでもお尻に入らない。フォームは結果として現れるもので、原因は動き出しの順番と、股関節が後ろへ伸びる範囲そのものにあることが多いです。
当ラボが評価しているのは、回数ではなく何ですか?
見ているのは主に二つです。ひとつは順番で、股関節を伸ばす動きをしてもらったときに、どこが先に働いているか。うつ伏せで脚を後ろへ持ち上げてもらうと、お尻より先に腰が動く方、ハムストリングスだけで持ち上げる方が分かれます。ここは回数を数えても見えません。
もうひとつは股関節を伸ばす方向の可動域です。脚を体より後ろへ送れる範囲がどれくらいあるか。ここが足りないまま歩いたり走ったりすると、後ろへ送れないぶんを腰の反りで代用します。可動域が原因で、フォームがその結果です。なお、どこが先に働くかも可動域も個人差が大きいので、この記事の説明がそのまま自分に当てはまるとは限りません。
何を、どの順番でやればいいですか?
順番は三段階です。まず股関節の前側の長さを戻します。縮んだ側を抱えたまま殿筋のトレーニングを足しても、抑えられている状態は変わりません。次に、荷重の少ない姿勢で殿筋が先に働く形を作ります。うつ伏せや四つ這いのように体重を支えなくていい姿勢で、股関節を伸ばす動きをゆっくり行い、お尻が先に動く感覚を確認します。ここで腰が先に反るなら、まだ次へ進む段階ではありません。
そのうえで、スクワットやランジのような荷重種目に入ります。逆に言えば、順番を飛ばして重量だけ上げても、前ももで挙げる技術が上手になるだけです。
ある会員のケース
30代・デスクワーク中心の方で、ジム歴は数年あり、スクワットの重量も少しずつ上げてきていました。ただ本人の言葉では「お尻に効いた日が一度もない」。実際、翌日張るのは毎回前ももでした。
動きを見ると、しゃがんで立ち上がるときに股関節より膝が先に伸びていて、うつ伏せで脚を後ろへ上げてもらうと腰が先に反りました。そこで重量を一度落として、股関節の前側の長さを戻すところと、お尻が先に働く動きの練習に時間を回しました。数週間たって同じスクワットに戻したとき、本人から「今日は後ろ側に来ました」という言葉が出ました。種目は変えていません。変えたのは順番だけです。何がどれくらいで変わるかは人によって違います。
一日の中でできることはありますか?
一番効くのは、座り続ける時間を切ることです。私は三十分から一時間に一度、立つだけでいいと伝えています。立つときに、手で机を押して立ち上がる癖があるなら、足の裏で床を押して立つ形に変えてみてください。それだけで股関節を伸ばす動きが一日に何十回か入ります。
歩くときは、前に足を出すことより、後ろになった足で地面を押すことを意識してみてください。押した瞬間にお尻の側が硬くなる感じがあれば、そこが本来の出番です。何も感じないなら、それが今の状態だというだけの話で、悪いことではありません。
よくある質問
Q. お尻の筋トレを増やせば解決しますか?
順番が入れ替わったままだと、増やしても前ももと腰の担当が増えるだけになりがちです。先に股関節の前側の長さを戻して、お尻が先に働く形を作ってから量を足すほうが早いです。
Q. デスクワークだとお尻が平らになるのは避けられませんか?
避けられないものではありません。問題は座っていること自体より、股関節を伸ばす動きが一日にほとんど入らないことです。一日の中で立つ回数と、後ろへ押す動きを増やすだけでも入力は変わります。ただし変化の出方には個人差があります。
Q. どのくらいで変わりますか?
感覚の面では、動きの順番が変わったその日に「効く場所が変わった」と分かる方もいます。見た目については期間を断定できませんし、条件も人それぞれです。断定している情報があれば、その根拠を確かめたほうがいいと思います。
無料体験について
同じ「お尻が使えていない」でも、股関節の前側が原因の方と、動きの順番だけの方では、やることが変わります。ご自分の場合はどこで止まっているのかを、実際に動いてもらいながら一緒に見ます。
初回60分のカウンセリングと体験は0円です。
【執筆者】今村 雅史(銀座トレーニングラボ代表・パーソナルトレーナー歴20年以上)
進化学・神経科学に基づいたトレニング指導を専門とする。NASM OPTIMA 2025・2026年度講師。


